月: 2020年11月

熱意や好意は逆効果 転職先はあなたの価値を見ている

写真はイメージ =PIXTA

写真はイメージ =PIXTA

コロナショックを背景に、転職者が増えている実感があります。今の会社にいても先行きが怪しいから、ということですが、だからといって基本がないがしろになってはいけません。転職者を受け入れる側は、今まで以上に厳しい視点を持っています。

今までの会社の当たり前がそうではないことを知る転職

「今の会社にいても先行きが不透明なので、初めて転職を考えています」

そんな求職者が増えていると、人材紹介会社の知人から聞くようになりました。以前の記事「コロナショックの先 4つの給与クライシスが始まる」でも書いたように、残業削減、昇格延期、昇給延期、賞与減額などが進んでいます。あわせて読みたい結果は上司にどう見える リモートワークの生かし方出世のカギは両利きのキャリア 新たな探索に踏み出せ

厳しい会社の状況を踏まえ、少しでも将来性のある業界や会社に転職しようとすることは当然の判断です。

一方で、多くの日本企業はメンバーシップ型と言われるように、一度就社すると定年までそこで過ごすことを当然と考える人たちで構成されています。転職があたりまえになりつつあるといっても、大半の人にとって転職は一大事であり、なるべくならしたくない、と思うものかもしれません。

しかし今回のコロナショックでは、そんな人たちも改めて転職を考えるようになっています。

さて、彼ら、彼女らは転職活動を通じて、人生ではじめて他の会社を知るわけですが、そこで大きな驚きと感動を受けているようです。それまであたりまえだと思っていた会社の常識が、世の中の非常識であったことを知っています。

たとえば「残業は当然」と思っていたら、世の中では残業がない会社も増えているという事実。

「会社には定時がある」と思っていたら、フレックス制度を入れている会社では出社がばらばらなこともある、とか。

「有給休暇はなるべくとらない」とか「会議では偉い人から発言する」とか「ハンコは少し傾けて押す」とか「朝礼があるのはあたりまえ」とか。

それらは会社ごとに違って当然なのですが、今までいた会社を当たり前、と思っていた人たちにとってはとても新鮮に映るようです。

ただし面接の場で目を輝かせてしまうと、その会社から不合格の通知が届く可能性が高まります。

自分の損得のための転職だと言ってしまっていないか

「ぜひ御社で働かせてください。こんな素晴らしい会社があるなんて知りませんでした」

そう熱弁すればするほど、その求職者が合格する確率は下がってゆきます。

理由はなぜか。

結論を一言で示すなら、それは主語が自分になってしまっているからです。私にとって御社は価値がある、ということを言っているだけなのです。

コロナショックのように大きな変化があると、どうしても人は不安を感じやすくなります。そして身を守るために新しい行動をとることになります。

その際にはもちろん「自分」あるいは近しい人を守るために行動します。それが転職活動となり、新しく活躍できる場を探すきっかけになるわけです。

たとえばこれまではメーカーで営業職として勤務していたとします。しかしコロナショックによって新規営業先が激減し、個人としての業績が悪化したので評価が下がりました。また営業のための見込み先そのものが減ったのと、見込み先への物理的な営業訪問がなくなったので、残業時間が減り、給与の手取りが減りました。評価が下がった結果は夏の賞与減に反映され、さらに会社全体の業績悪化により、冬の賞与は昨年対比で8割減少という話が流れてきています。こんな状況では、年次的に来年なるはずだった係長昇進もなくなる可能性が高まっています。今年の年収はすでに昨年対比でかなり下がり、来年はそれよりも下がる可能性が高いと見込まれ、家族との話も暗くなってしまいました。

自分の生活を守るため、あるいは家族の生活を守るため、これまで想像もしていなかった転職活動に飛び込む決意がようやく生まれます。

さて、そうして転職活動をしてみると、意外にコロナショックの中でも伸びているという会社があります。具体的に話を聞くほどに、先行き暗い今の会社を離れて移りたい、という思いが高まります。やがて「ぜひ御社で!」となるわけですが、その会社の経営者は何を考えているでしょう。

転職先に価値をもたらせるか

「なるほど、今の会社の将来性に不安がある、というのは確かに理解できる」

「うちの会社を知るほど目が輝くのを見ていると、うちの組織作りが褒められているようでうれしい」

「たしかに彼はうちに来た方が幸せになるだろう」

「で、うちはこの人を雇ったらどんな得をするんだろう?」

熱意や好意は、面接官となる人たち、とりわけ経営者に対して良い印象を与えます。しかしコロナショックの中で業績を伸ばしている会社の中には、単にコロナが順風になった会社だけでなく、厳しい環境変化をシビアに見据えるか、あるいはあらかじめ何らかの手を打っていた先見性のある会社も含まれています。

そういう会社の経営者は、単純な好意にほだされたりはしません。

あくまでも冷静に、今目の前にいる求職者を品定めします。

そしてその視点は、この人を雇ったらどんな活躍をしてくれるだろう。その結果、会社の業績にどんな良い影響があるだろう。成果はどれくらいの期間にどれくらい生まれるだろう、といった経営の視点からのものに他なりません。

そんな経営者に対し熱意と好意だけを示しても逆効果です。熱意や好意ならむしろ新卒を雇った方がまだましだ、と思う場合すらあるのです。

中途での転職を目指すのなら、コロナショックのタイミングであるかどうかにかかわらず、転職先にどのような価値を提供できるかを示せなくてはいけません。

売り手市場から買い手市場に大きく風向きが変わった今、価値を求められる度合いは今後さらに高まってゆくのですから。平康慶浩

セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント。グロービス経営大学院准教授。人事コンサルタント協会理事。1969年大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所をへて、2012年から現職。大企業から中小企業まで180社以上の人事評価制度改革に携わる。

「パワフル副業者」現る 本業+400万円、技能で稼ぐ

働き方innovation 一つの仕事で満足ですか(1)

一つの勤め先に収まらず、副業を手掛ける人材が増えている。特に活躍が目立つのはデジタル分野で、副業で本業並みの収入を稼ぐ「パワフル副業者」も現れ始めた。本業のノウハウを生かし、中小企業のネット通販や業務の効率化を支援する。人材不足で足踏みする日本のデジタル化の救世主となるかもしれない。

創業が江戸時代に遡る日野製薬(長野県木祖村)。地元産生薬を使った胃腸薬などを作る同社では毎週のように、東京とオンライン会議が開かれる。テーマはネット通販のてこ入れだ。

「LINEからサイトへの顧客の流入が減っていますね。クーポンをからめたキャンペーンを打てないでしょうか」。東京からパソコン越しにテキパキ指示を出すのは川口敏夫さん(36、仮名)。本業は都内アパレル会社でネット広告などの仕事をしている。2月から時間給の業務委託契約を結び、副業として日野製薬のネット通販の仕事を始めた。

■中小企業のデジタル化支える

ウェブデザイン会社など数社を渡り歩いてきたが「変化が激しい業界で1つの会社に勤め続けるリスクは大きい」と感じ、18年から副業を開始。新型コロナウイルス禍によるテレワークの標準化で時間ができたこともあり、日野製薬のほかレジャー施設やインテリア会社のデジタル化支援も始めた。副業収入は3社合計で年450万円ほど。本業に匹敵する。

日野製薬はネット通販事業を伸ばせる人材を探していた(長野県木祖村の本社)

日野製薬はネット通販事業を伸ばせる人材を探していた(長野県木祖村の本社)

日野製薬の商品は地元での販売が多く、観光客の落ち込みもあり業績は伸び悩む。売り上げの1~2割にとどまるネット通販の拡大が最大の経営課題だが、社員はネットの知識に乏しい。専門人材の採用も検討したが近隣では見つからない。

頼ったのが副業者だ。副業人材紹介サービスのJOINS(東京・千代田)を通じて、川口さんを見つけ出した。ハッシュタグを効果的に使いSNS(交流サイト)経由で顧客をサイトに誘導したり、送料無料になるまでの金額を表示して客単価を高めたり。川口さんのノウハウで通販サイト訪問者は2倍に増え、売り上げも2割アップした。

契約は3カ月ごとの更新だが、日野製薬の石黒和佳子社長も「口ばかりのコンサルなどに比べ、サイトの改良など実際に手を動かしてくれることも魅力。『セミ社員』としてずっとサポートしてもらいたい」と全幅の信頼を置く。

■人材紹介サイト、登録者3倍に

長く副業が一般的でなかった日本だが、近年、労働力不足を解消する手段として注目が高まる。政府も18年、副業を例外的にしか認めてこなかったモデル就業規則を改定。副業を奨励する方向に転換した。中でもニーズが大きいのがIT(情報技術)分野だ。経済産業省の試算では、30年時点でIT人材の需要は供給を最大79万人上回る。

コロナ禍がIT技術者の副業の浸透に拍車をかけた。企業側はデジタル化のニーズが拡大。働く側は雇用不安を解消したいという思いや、テレワークで副業がやりやすくなったことが動機になった。JOINSではコロナ禍に伴って登録者が3倍に増え、特にデジタル人材の伸びが目立つ。

企業などが発注した仕事を個人に仲介するクラウドソーシングサービス大手のクラウドワークスでは、足元でネット通販立ち上げなどデジタル関連の発注がコロナ前の1.5倍に増えている。本業を持つ技術者が請け負うケースが多い。同業のランサーズの調査では副業を手掛ける人のうち、川口さんのように副業年収が400万円以上に達する人が6%おり「パワフル副業者」は夢物語ではない。

多くのデジタル人材を抱え込んできたIT大手も副業者の供給源となりつつある。富士通に勤める中井一さん(56)は昨年4月、個人事業主として中小企業向けの経営コンサルティングを始め、法人も設立した。

富士通では基本ソフトの開発や人事関連の部署を歩んだ。その後、セカンドキャリアに備え中小企業診断士の資格を取得。富士通が18年秋、副業を許可制から届け出制に変えたこともあり、本腰を入れるようになった。30件以上の案件を手掛け、多い時に月50万円以上の副業収入がある。

中井さんの強みは経営とITの両方を理解できる点だ。人工知能(AI)のプログラミング言語の知識を持ち、簿記の資格もある。エクセルへの手入力など非効率な経理作業に取り組んでいる中小企業にクラウドベースの会計ソフトの利用を促したり、中小工場に対してネットと生産設備を接続する「IoT」の導入を支援したりしている。

培った人間関係もあり、仕事を紹介してもらう機会もある富士通には長く勤めたいが「会社にいつまでも面倒は見てもらえない。スキルを磨き続ければ本業並みの収入を得られる手応えはある」と意気込む。■副業者、国内に690万人 専門性は米に見劣り
 ランサーズによれば、広義の副業者は国内に約690万人いる。ワークスタイルは様々で、同社は大きく2つのグループに分けている。
 まず6割を占めるのが「副業系すきまワーカー」。1つの会社と雇用関係を結んで本業とし、業務委託などの契約形態で別の仕事を手掛ける。「パワフル副業者」もこのグループに入る。最近はテレワークで空いた時間に食品宅配などを始める人も目立つ。
 残りの4割が複数の企業と雇用関係を結ぶ「複業系パラレルワーカー」。アルバイトやパートタイムの掛け持ちも含まれるため、50代以上が37%とシニアの比率が高い。

 前者は副業年収が平均63万円、後者は正規雇用以外の収入の合算で116万円程度だ。副業の動機は「収入の拡大のため」が最多で、前者で84%、後者で71%に達する。
 日本では副業の仕事内容は流通・サービス業などでのパートタイムワークが中心で、単価は低い。一方、広義の副業者が約3300万人と日本の5倍もいる米国では、ITやクリエーティブ系などホワイトカラー的な仕事が多い。副業を含むフリーランスの仕事の平均時給は20ドル(約2千円)という試算もあり、日本より副業者の所得水準は高い傾向にある。
 職務内容に限定がない日本のメンバーシップ型雇用に対して、ジョブ型雇用の米国は市場で評価されるプロフェッショナルが中心だ。全就業者に占める技術・専門職の比率は日本の17%に対して米国は37%(労働政策研究・研修機構調べ)に達する。
 日本でも新型コロナウイルス禍を契機に、テレワークにも合う欧米流のジョブ型雇用に転換する企業が増えている。キャリアの「専門職化」は収入が多いパワフル副業者の増加にもつながりそうだ。
(雇用エディター 松井基一)

日本IBM系新会社 数千人のITプロ率いるのは30代社長

日本IBM デジタルサービス社長の井上裕美氏。2003年日本IBMに入社。19年、ガバメント・デリバリー・リーダー、20年日本IBMグローバル・ビジネス・サービシーズのガバメント・インダストリー理事に就任。20年7月より現職。保育園児と小学生の2人の娘の母でもある

日本IBM デジタルサービス社長の井上裕美氏。2003年日本IBMに入社。19年、ガバメント・デリバリー・リーダー、20年日本IBMグローバル・ビジネス・サービシーズのガバメント・インダストリー理事に就任。20年7月より現職。保育園児と小学生の2人の娘の母でもある

日経クロストレンド

コロナ禍の2020年7月1日、日本IBMは静かに大きな一歩を踏み出した。日本IBMサービス(ISC-J)、日本IBMソリューション・サービス(ISOL)、日本IBMビズインテック(IBIT)の3子会社を合併、日本IBM デジタルサービス(以下、IJDS)を設立した。

それぞれが製造業や金融業に特化することで、知見やスキル、アセットなどを蓄積してきた各子会社。これらが融合することで、顧客のデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させる、情報技術(IT)のプロフェッショナル集団が誕生することになる。

数千人もの規模となるIT専門家集団の新会社を束ねるのが、39歳の井上裕美氏だ。現在、小学生と保育園児を持つ2児の母でもある井上氏は、システムエンジニアとして日本IBMに入社。主に官公庁を担当し、11年には官公庁デリバリー部長に就任。それ以降も官公庁、自治体、教育関連などのプロジェクトで、プロジェクトマネジャーやプロジェクトオーナーとして、大規模な社会インフラの変革などをまとめ上げてきた。大抜てきにも見えるが、着々と実績を積み上げてきた必然の人事だと言える。

コロナ禍で日本企業のDXは急速に進んだ。というより強制的にデジタル化へのシフトを迫られた。コロナ禍で「どんなメソッドでどんなツールを使えば、お客様は良い成功体験を迎えられるのか、本気で話す機会が増えたように思う」(井上氏)。例えば、リモートワークの必要性。緊急事態宣言でリモートワークが推奨される中、「リモートに移行できない」とはなから諦めるのではなく、リモートにするのであればどのツールやメソッド、方法論でやるのか、これらを真剣に考え、かついち早く決断しトライアンドエラーを繰り返す。こういったスピードが一気に加速したという。

新会社の強みは、「社会インフラとなる基幹系システムと先進テクノロジーの両輪で、DXを支援する仕組みがあること」だと話す井上氏。では、DXを顧客に提供する側のIJDSは、社内でどのような取り組みを実践しているのか。オンライン上で円滑なコミュニケーションを図るために、意識的に行っていることが3つあるという。

■「一口DX」で情報共有

1つ目は、100%顔を出して話すこと。複数名が参加するオンライン会議であっても、顔出しせず音声だけで行っている企業もあるだろう。「(オンラインでは)相手が理解しているのか、共感しているのかが分かりづらい」(井上氏)ため、必ずカメラをオンにして会議に臨むという。

2つ目は、感謝をきちんと言葉や文字にすること。平時、出社が当たり前だったころは「背中で語る」という文化があったが、背中を見せられなくなった。そこでオンラインツールを駆使して、感謝を伝えられる仕組みを整えているという。「コロナ前からツール自体はあったが、使おうという機運が一層加速した」(井上氏)

この仕組みは、「ブルーポイント」と呼ばれている。例えば何かしらシステムトラブルが起きたとき、復旧するのに時間と労力がかかるにもかかわらず、復旧に関わった人はあまり知られない。そういったことが当たり前の世界観にならないように、復旧に携わった人に対して「現場の人が一番大変だったよね。お疲れさま。本当にありがとう」という感謝のコメントや、どう復旧させたのか知見を共有する場を設けている。

「うれしかったのは、IJDS内ではおめでとう、ありがとうのコメントが毎度続くが、IBMグループ全社からも見ることができるので、本社のシステム管理部や営業部からも声が届くこと。まさに『枠を超えた』という瞬間。あくまでツールでしかないが、見える化が加速できるのはオンラインならではの事象」と井上氏は胸を張る。

3つ目は、「一口DX」。DXにまつわるニュースやトピックをデジタル事業部のメンバーが拾い上げて、1本のトピック当たり5~10秒程度で読めるよう要約し、チャットサービスの「スラック」で発信しているという。新聞や雑誌などを見ずとも、最低限大事なDXトピックはここでチェックできるというわけだ。

その他にもスラック内で、情報共有が全社規模で活発に行われている。業界チャネルでは今日のニュースが発信され、「テクニカルな面でこのツールは良かった」「この技術ってどうでしょうか?」といった投稿があり、知らない部署の社員が返事をくれる場合もあるという。

オンラインが主流になって、人と人とのリアルな関係性が失われたと言われている。だがIJDSでは、むしろDXを生かすことで、今まではつながらなかった社員同士の距離が近づいている。

コロナ禍で会社立ち上げのときから、オンラインで社員とコミュニケーションを図る

コロナ禍で会社立ち上げのときから、オンラインで社員とコミュニケーションを図る

これらの施策はすべてトライアンドエラーを短期間で繰り返して完成させたものだ。「さまざまな施策をする際、多くの社員と直接コミュニケーションを取ってフィードバックを聞く」(井上氏)という。

例えば一口DXは、もともとはすべてのトピックを読むのに30分程度かかるものだった。業務やプライベートなど限られた時間の中で皆が目を通すのは難しいと考え、今の1本当たり5秒という形になったという。最近では毎日の発信で情報が多すぎるという声も届いているため、金曜の夕方に今週のまとめを一覧で送付している。

これは日本IBMにフィードバック文化が根付いている結果だ。「外資系であることも大きいと思うが、日米ともに『何も発信しないと物事は変わらない』ということを社員が分かっている。無になる、サイレントは貢献していないのと一緒という考えがある」と井上氏は語る。

■「ワンチーム」で理想のリーダーに

ビジネスパーソンと母親の二足のわらじを履く井上氏を支えてきたのは、社内のメンター制度だ。仕事のキャリアだけでなく、プライベートの相談や仕事との両立など、評価に関わる利害関係のない相手だからこそ込み入って話すことができるという。

井上氏の最初のメンター(助言者)は、現日本IBM社長の山口明夫氏だった。「山口とは10年以上前からメンターとして関わってもらっているが、基本的に前向きで明るいという軸はどのポジションにいても変わっていない。やってみなよ、それいいじゃんと、背中をポンッと押してくれる。自分にとっては、どのタイミングで相談しても前向きになれる」と信頼を寄せている。希望すれば複数人をメンターとすることができ、井上氏は男女、グローバル関係なくさまざまなメンターと関わり、それぞれのリーダーのいいとこ取りをして、理想のリーダー像を確立したという。

現在は自分がメンターとなる立場にもある井上氏。「日本人だけでなく、むしろグローバルの若手社員からメンターをお願いされることが多い」(井上氏)と20代、30代の良き見本となっている。

「お母さん」の役割も犠牲にすることなく、仕事も全力で取り組む井上氏

「お母さん」の役割も犠牲にすることなく、仕事も全力で取り組む井上氏

そんな井上氏のリーダー論は「ワンチーム」。20代のころは「自分がやったほうが早いと思い、時間の効率性も考えず、最大限時間を使ってチームをまとめてきた」(井上氏)。しかし大きな組織でのリーダーを任せられると、仕事も必然的に大きくなり、リーダー1人だけではなし得なくなってくる。

ちょうどそのころ、第1子の出産も重なる。「時間や生産性との葛藤、自分はもっとできるのにと思い、甲斐がなくなってきていた」(井上氏)。もともとシステムエンジニアとして入社し、現場に長い間いた分、現場のことは全部自分でやりたいと、もがき、気張りすぎていたと当時を振り返る。

そんな中、ある顧客から「井上さんは肩の力が入りすぎている。チームなんだからリレーション。委任する部分は委任して、仕事はチーム全員でなし得るもの」と、直接フィードバックをもらった。それまでメンバーからもリレーションしてください、と言われていたが、何となく悪い気がしていたという。このフィードバックをもらったことをきっかけに、託すものは託す、時間的に無理なものは無理と言うことをやっていった。例えば、深夜の対応などは赤ちゃんがいるので断った。

結果、いろんな形でチームを巻き込んで、ワンチームでやり終えたときのほうが、顧客からの評価は良かったという。「お母さんになってからのほうがすごくいいね、と言われた(笑)。母親になって、時間は圧倒的になくなったが、『このリーダーがいい』と信頼あるお客様に言われたのは大きかった」(井上氏)

■完全「オンライン」で会社設立

そんな井上氏が率いる新会社はコロナ禍の中、実は完全に「オンライン」で生まれた。「税務も人事も、オンラインで協力し合って、コロナを理由に少し後ろにずらすこともなく、当初の予定通りデジタルを駆使して立ち上げることができた。最初から100%オンラインで立ち上げる、と決めていたので、関係者全員が同じ方向を向いてやれたかなと思う」

まさにニューノーマル(新常態)の船出といえるが、心残りなのはまだ社員とリアルに会えていないことだという。ただ、オンラインならではの良さも実感している。

合併前の3社には北海道から沖縄まで、日本全国に事業所がたくさんある。これまで全国の事業所間での会議では、東京近郊の社員がリアルで集い、遠方の事業所の社員はオンラインで入る、というのが一般的だった。「リアル会議+オンライン参加の形だと、どうしてもリアルの場が盛り上がってしまって、オンラインの参加者には話を振ってコメントをお願いする、という形になりがちだった。全員がオンラインになったことで、機会が均等になり、発言できる距離感が皆同じになった」(井上氏)

「もちろん早く直接会いたいですが」と笑う井上氏。そのときが来たら、IJDSの結束はますます強固なものになる。

(日経クロストレンド 松野紗梨、写真 志田彩香)

女性が気になるニューノーマルのスタイル・振る舞い

デートで入ったカフェ。マスクはいつ外し、どこに置くのがいい?(写真はイメージ)=PIXTA

デートで入ったカフェ。マスクはいつ外し、どこに置くのがいい?(写真はイメージ)=PIXTA

オンライン飲み会で、女性の視線はどこに集まるのか。好感度が増すTシャツは――。

2020年上期も、男性が気付きにくい間違いだらけのアイテム選びや、振る舞いの注意点を女性の目線で指摘するコラムが読まれました。ニューノーマルで服装も転換期を迎え、何を着たらいいか迷っている人たちも多いようです。オフィスでもテレワークでも、「できる男」になる、装いやマナーについての記事をまとめてお届けします。




相手を「安心」させられるか

新型コロナの感染拡大によって、誰もが不安な気持ちに陥る中、恋愛や婚活といったプライベートシーンにも変化の波が押し寄せています。知らない相手と会うということ自体、敬遠する人も多くなるなかで、女性に安心感を与え、「ほんとうに会いたい」と思われる人になるための、心配りや振る舞いを、ビジネスマナーに精通したプロが教えます。あわせて読みたい「新日常」のビジネスマナー 名刺交換は?テレワークダンディー メガネで印象キリッ!

コロナ禍によって相手のちょっとしたことが気になるようになり、相手の男性の評価基準が厳しくなったとも聞きます。食事への誘いもすぐに誘わず、ちょっとした言葉を添えるのが効果的です。デートでの笑顔は相手への信頼感から(写真はイメージ)=PIXTA

【記事はこちら】「新日常」のデート、服装・振る舞い・誘い方

「楽しかった」と思われるには

婚活といったプライベートなシーンでも最近はZoomを使った飲み会が盛んに行われ、オンラインでの「出会い」も増えているようです。Zoomでの合コン、別名「ズムコン」もはやりです。では、オンライン飲み会ではどのようなことに気をつけたらいいのでしょうか。

勝負どころは最初の30分。オンライン飲み会では、いつも以上に表現力や演出力が求められ、明瞭な話し方やオーバー気味のアクションなどを心がけることが必要です。また、最初の印象が肝心で、ぱっと相手に感じがいい表情を向けられるかもポイント。聞き上手でありながら、さりげなく自分を印象づけられるトレーニングをしましょう。「オンライン」で相手に好印象を持たれるには…(写真はイメージ)=PIXTA

【記事はこちら】オンライン飲み会 アクションや視線が印象左右

清涼感醸す白Tシャツ、好印象はディテールから

夏の主役アイテムの一つがTシャツです。猛暑の折はTシャツ1枚で過ごしたいものですが、ジャケットのインナーに着用するとなると、日常に着るタイプとは異なる、クオリティーにこだわりたいものです。

記事でおすすめしているのが、素材感、リブの太さ、裾、胴回りなど、細部にもこだわりを見せるメードインジャパンのTシャツ。こうしたディテールが実は体形をきれいに見せてくれ、印象を大きく変えるのです。ジェンダーレスを意識し、5サイズを展開するSLOANE(スローン) かゆいところに手が届くような配慮の結晶が、メード・イン・ジャパンの白Tシャツの世界肩幅、身幅に適度なゆる感を持たせ、控えめにトレンド感を出しているのも、実に壮年好みのバランス感。生地の厚み、パターンは毎年、微調整を繰り返しているとか。SMOOT T-SHIRT¥16,0000(BATONER)柔らかいタッチ、しっかりしたタッチの2種類のTシャツがあり、着心地のお好みにも対応。光沢と発色性を持ったシルケット綿のTシャツの立体感に華を添えます。コットン クルーネックTシャツ 税別¥15,000(オーカ・トランク/テイラーアンドクロース)

【記事はこちら】夏はシンプル白T 大人の雰囲気醸す「国産のこだわり」

「見せない」を追求する肌着も

男性でも、いまや肌着を着るのが一般的です。男性用肌着市場は拡大傾向にあり、防臭効果、速乾性などの機能が進化しています。

とはいえ、オフィスで女性が嫌うのが、丸首の白インナーが、シャツの下にうっすら透けたり、首もとからちらりとのぞくこと。もちろん、そんな悩みからも解放される、はみ出ない肌着も登場しています。

【記事はこちら】Tシャツの下に着る「in.T」、首もとスッキリ グンゼ

身だしなみ、清潔感が重要に

外出自粛が緩み、テレワークからオフィス勤務に戻って、久しぶりにスーツやセットアップをまとった人も多かったことでしょう。ニューノーマルとなったいま、対面する人が多いオフィスでは、これまで以上に清潔感が求められているようです。清潔、あるいは身ぎれいである、ということは、円滑にコミュニケーションをとるためのパスポート。しかもそうした気遣いをきちんと「サイン」として示すことが肝心です。髪形や服装、足元などの注意点をまとめました。夏に向けてオフィスでの装いは「清潔感」が大事に(写真はイメージ)=PIXTA

【記事はこちら】オフィスデビューの味方 身軽なセットアップと防水靴

たった17字で分かる あなたが「働く意味」

中学生が働く人にインタビューし、その仕事につけたキャッチコピー。そこに「働く意味」が映る

中学生が働く人にインタビューし、その仕事につけたキャッチコピー。そこに「働く意味」が映る

「人生100年」「生涯現役」といわれる時代。長い期間、生き生き働き続けるには新たな考え方やスキルを体得していく「学び」が欠かせない。働きながら学ぶ極意とは何か。リクルートワークス研究所の主任研究員で、キャリアに関する研修やコンサルティングに携わってきた辰巳哲子氏の連載をお届けする。

◇  ◇  ◇

職種の枠に収まらないキャリア選択の時代

近い将来、営業や事務、研究・開発といった「職種選択」ではないキャリア選択をする人が増えるといわれています。テクノロジーの進化につれて、職種で仕事を選んだとしても、その内容が急速に変化していくとみられるからです。

変化の激しい時代に働き続けるには、その変化を柔軟に受け入れる態度が必要です。一方、働くうえで「何を大切にするか」「何を実現したいか」といった、本質的であまり変わらない部分も持ち続けないと、生き生きと働き続けるのは難しいでしょう。そのためにも、自分のキャリアを自分でマネジメントする「キャリアオーナーシップ」がますます重要になってきます。あわせて読みたい「時間の無駄」と柳井さんが忠告 でも京大MBAへ70代まで働く時代に向け、40代でやるべき7つのことリクルートワークス研究所「5カ国マネジャー調査」(2015年)

日本と世界では、キャリアオーナーシップの考え方に大きな違いがあります。リクルートワークス研究所が2015年にまとめた「5カ国マネジャー調査」によると、日本では「キャリアは状況に応じて決まる」と答えた人が54.5%と過半数で、「キャリアは自分が決める」との答えは45.5%でした。一方、米国、中国、インドでは「自分が決める」と考える人が、ほぼ7割に上りました。つまり、日本では「自分で何かしなくても、会社に入って与えられた仕事をしていればよい。キャリアは会社が決めてくれるのだから、自分で学ぶ必要もない」と考える人が多いのです。

しかし、こうした状況も変わっていくでしょう。理由は3つあります。1つは、雇用が既に流動的になっていることです。以前は、一つの企業でスキルを蓄積すればよかったのですが、転機が増えれば、新たに学びなおす必要があります。

2つ目は平均寿命が延びたことです。健康で過ごすためにも、できる限り長く働くことが望まれます。新人、ミドル、シニアと、各ライフステージで求められる役割は変わり、新たなスキルが求められることでしょう。3つ目はテクノロジーの進化や人工知能(AI)の導入です。技術の進歩で、必要なスキルの変化が加速しています。スキルは急速に陳腐化しますから、柔軟に変化を受け入れながら学び続けることが必要になります。

今後は、特に若者を中心に、キャリアは自分で決めるという人が増えていくと考えられます。同じ職種で仕事を見つけたとしても、その中身は多種多様になり、自分の仕事は自分でつくる時代になります。では、私たちは何を軸に自分の仕事を決めればよいのでしょう。本質的で変わらないものは、どうすれば見つかるのでしょう? そのヒントになるのが、「職業や職種以外の言葉で自分の仕事を説明してみる」ことです。

中学生が考えた「仕事のキャッチコピー」

以前、リクルート社の社会貢献プログラムとして、中学生の職場体験を手伝ったことがあります。地元の企業で職場体験をさせてもらい最終日には「働くこと」について企業の方にインタビューして記事にまとめ、雑誌をつくるのです。インタビューのやり方は、リクルートの社員が教えたのですが、雑誌をつくるためにぜひ考えてほしいこととして、こんなお願いをしました。

「仕事のキャッチコピーをつけてください。その仕事が誰に何を提供する仕事なのか、17文字以内で」というものです。

生徒たちはインタビューしながら、キャッチコピーを一生懸命考えました。できあがった原稿をみると、「人生の先輩に恩返しをする仕事」(介護施設職員)、「日本人のために伝統をつないでいく仕事」(和菓子職人)、「お客様のために心の回復をはかる仕事」(ケーキ職人)など、大人では考えつかないようなシンプルな表現が並びました。

学び直しは激変時代の「命綱」 転職準備にも一役

コロナ禍は学び直しの意識を刺激したところがある(写真はイメージ) =PIXTA

コロナ禍は学び直しの意識を刺激したところがある(写真はイメージ) =PIXTA

キャリア70年時代の到来、新型コロナウイルスによる先行き不透明感――。社会人が学びを重ね、自身をアップデートする必要性は増すばかりだ。しかし、何をどのように学べばいいか、転職に生かせる学びとは何なのか。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している立教大学の中原淳教授に話を聞いた。

<<(上)コロナで注目MBA取得 1年目の学費、60万円台も

――なぜ社会人も学び続ける必要があるのか。

「環境の変化が激しく、仕事で成果を出すためには、変化に適応する必要があるからです。ひとたび会社に入り、右肩上がりで収入が増え、転職することもなく定年を迎えた時代とは大きく事情が変わりました。技術革新などで自分を取り巻く環境が激変するなか、学び直すこと、変化することから逃げたり放棄したりするリスクは非常に大きくなっています。例えば、今、私はこの取材をオンラインで受けていますし、大学の授業、研修講師の仕事もここ半年、すべてオンラインです。自宅にスクリーンを3つ設置するなど当初、結構な苦労がありましたが、『オンラインは嫌だ』と変化を拒んでいたら仕事がなくなっていたでしょう」あわせて読みたいコロナで注目MBA取得 1年目の学費、60万円台も新規事業で中途採用右肩上がり ほしいのはプロ人材

「人生100年時代を迎え、多くの人にとって75歳まで働くことがスタンダードになるであろうことも学びが重要になった背景として挙げられます。年金支給開始年齢が段階的に引き上げられ、自分の生活はできるだけ自分自身で何とかしなければいけないと多くの人が気付いています。大幅に長くなった仕事人生の途中には、事業や市場、必要になるスキルや知識が時代とともに常に変化していきます。そのなかでキャリアを全うするには、学び直しをもとに自分を立て直すことが重要になります」

――コロナでビジネスパーソンの「学び」事情はどう変化しましたか。

「在宅勤務へのシフトで自由に使える時間が増えたかもしれないですが、その分、家族との時間や余暇に回した人が多く、学び直しに使っている人はそれほど多くない印象です。(コロナ禍で)学びの重要性は高まりました。オンライン会議への適応が必要になったのは言うまでもなく、在宅勤務が今後も定着する気配を見せるなか、新しい仕事のやり方を習得しないといけなくなりました。これまでのように、他人(上司)に監視されながら働くのではなく、自分で自分をマネジメントして成果を出すという新しい仕事のやり方に適応しないといけません。また、コロナによる影響が特に大きかった業界、職種から違う仕事へと、今後数年は、業種や職種の垣根を超えた転職が大幅に増えると思います。今までとは異なる世界への転職の可能性を広げるにも学び直しが有効です」

転職も、日経。ビジネスパーソンのための転職サイト「日経転職版」

転職に欠かせない情報へ
ワンストップでアクセス

>> 詳しくはこちら

→「日経転職版」は効率的な転職活動のための機能とサービスをご用意しています。

大人の学びに役立つ「3つの原理」

――ジョブ型労働への移行も加速しそうです。

「雇用システムにおいてもメンバーシップ型からジョブ型へという流れが進んでいますが、ジョブ型が広がると、必要なスキルを持った人材を社内で育成するのではなく外部から採用するようになるでしょう。人工知能(AI)やマーケティング、人事といった各分野の専門人材の転職が増えると思います。ビジネスパーソンとしてはできれば35歳ぐらいまでに武器(専門性)を持つことが望ましく、その意味でも学び直しが重要になります。一方、学び直しに遅すぎるということはありません。読解力や記憶力が年齢によって低下することはありますが、抽象的にものを考える力や提案力はほとんど衰えないとされています。要は、気の持ちようです。自分の能力がまだ伸びると信じられるかどうか次第だと思います」

――大人はどのように学べばいいでしょうか。

「基本的に学びは子供のためのもので、大人の学び方は誰も教えてくれませんが、自らが描くキャリアの実現に向け、自分自身で動き出すことが大切です。少し抽象的な話になりますが、大人の学びのベースとなる3つの原理原則があります。1番目は背伸びの論理。人間の能力を伸ばすためには、今ある能力では実現が難しいが、がんばればできそうなこと、つまり、背伸びしてできることが必要になります」

「2つめが振り返りの原理。折に触れて自分を振り返り、何が起き、何が良くて何が悪かったのか、これからどうするかについて考え、そのたびに成長を実感し目標を設定し直すことが大事です。3番目がつながりの原理。大人が効果的に学ぶには助けやアドバイスをくれる第三者が必要です。人は、信頼のおける他人から励まされたり助言を受けたりすることで学びを実現していきます」

「学びというと、具体的なハウツーに関心が向かいがちですが、学ぶための指針ともいえる3つの原理原則を押さえておくと、将来的な学びの成果に大きな違いを生むはずです。成長の実感が持てないときは、最近背伸びをしているか、振り返りの時間を持てているか、信頼できる人と接点を持てているかと問いかけてみてください」

――何を学べばいいか。

「ビジネスパーソンが『何を学ぶか』を考える場合、これまで仕事で携わってきたことを伸ばすことをおすすめします。そのためにはこれまでの仕事の棚おろしが必要になります。例えば『過去10年をどう過ごしてきたか』『どのようなプロジェクトに従事してきたか』を振り返り、要するに自分は『新規事業屋』『企画屋』などとまとめたうえで自分の強みを意識する。その認識を踏まえて、例えば経理の人が、紙とハンコ中心だったところを電子決済に挑戦する、営業の人が対面営業ばかりだったものをオンライン営業にトライするなど、プラスアルファとなるものを習得すると転職で重要とされる『ストーリー』を語る際に役立つと思います

「転職にあたっては、これまで何をしてきて、どういった強みを持ち、新しい業界(勤め先)でその強みをどう生かすつもりかの『ストーリー』を端的に説明できるかどうかが問われます。面接に向けて、ストーリーを1分程度で分かりやすく説明できるようにしておくとよいでしょう」

社会人の学びで大切な「721の法則」

――資格やMBA(経営学修士)の取得も検討すべきか。

「覚えておいてほしいのは『これを学ばないと今後厳しくなる』『つぶしが利くから勉強したほうがいい』などと他人から押し付けられたものを学んで成果が出ることはほとんどないということです。『自分ごと』になっていない学びは身に付きません。資格については、あまりに多くの人が保有しているような、大衆化した資格は強みにならないので注意が必要です」

「中小企業診断士などの資格についても、資格をとっただけで生業(なりわい)にできるわけではなく、顧客などの人脈が不可欠なことも忘れてはいけません。社会人のリカレント教育に関しては『7・2・1』ということがいわれます。何を学ぶかや、どんな先生から学ぶかも重要なのですが、それらより、学びのクオリティーに影響を与えるのは『誰と一緒に学ぶか』ということです。このことの重要性を再認識するため、誰と学ぶかが7、何を学ぶかかが2、誰から学ぶかが1と、よくいわれます。『一流大学のMBAなら安心』というものではなく、志の高い仲間づくりができるところかどうか、実際に通った人の話を聞くなどして事前によく調べたほうがよいでしょう」

――ウィズコロナ、アフターコロナ時代の学び直しに向けてビジネスパーソンに意識してほしいことは。

「ニューノーマル(新常態)といわれるように、生活様式やビジネスの仕方などあらゆることを学び直す時代になっています。今年の春までチョークと黒板で授業をしていた私も今や自宅でモニター3台を使って教えるのが当たり前になりました。『学び』は手間も時間もかかり、惰性で生きていきたいと願う多くの人にとっては面倒であるのは確かです」

「ただ、短期的な苦労はあっても、今学ばないと、中長期的に適応できなくなり、学びを諦めた人は大きなリスクを背負います。そうであれば、自分から積極的に学んでいく、変わっていく道を選んだほうがよいのではないでしょうか。また、キャリアとは関係なく自分の好きなことを追求するために学ぶという選択肢もあります。『学び』は変化の荒波を生き抜くための命綱、スキューバダイビングの酸素ボンベのようなものであると同時に、人生を豊かにするためのものなので、楽しく挑戦してほしいと思います」中原淳

立教大学経営学部教授。専門は人的資源開発論・経営学習論。大阪大学大学院 人間科学研究科、メディア教育開発センター(現・放送大学)、米国・マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学講師・准教授等を経て2018年から現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発について研究している。

(日経転職版・編集部 宮下奈緒子)

日経転職版

転職ルール、コロナで激変 生涯キャリアを表で見直す

自分のキャリアを見渡すと、今後の展望をイメージしやすくなる(写真はイメージ) =PIXTA

自分のキャリアを見渡すと、今後の展望をイメージしやすくなる(写真はイメージ) =PIXTA

新型コロナウイルスの影響で、2020年4~6月期のGDPが年率28.1%減(改定値)と戦後最大の下げとなりました。ANA(全日本空輸)をはじめとする観光関連産業や外食産業などでは、雇用をめぐる状況は決して楽観できる状況ではありません。コロナ禍以前から進められていた「働き方改革」も一気に加速。特にホワイトカラー層にとっては、リモートワーク環境で求められる働き方や生産性など、ゲームのルールが大きく変わろうとしています。現在30歳のホワイトカラーは、人生100年時代の中でどんな働き方を考えておくべきなのでしょうか。

転職支援の仕事をしていると、「今はどの業界が伸びていますか」と聞かれることがよくあります。一般的に答えるとすると、IT(情報技術)やインターネット、コンサルティング業界、またBtoBで新たなサービスを行っているベンチャー企業などを挙げることになるのですが、それだけではリアルに答えきれない側面があります。

具体的にいうと、伸び盛りの先端業界の中にも戦略がうまく機能せず、経営的に苦しい企業もあれば、業界全体としては下降傾向にある古い業界であっても、革新的なサービスや打ち手で成長している企業もあるということです。あわせて読みたい激変する働き方 今後10年のキャリア構築、ポイントはDX時代こそ必要なスキル デジタル力より、まず動く力

業界そのものの衰退トレンドとは逆行して、個別企業の創意工夫で成長を続ける企業が増えており、単に「業界としてどこが注目か」という観点では、転職先を検討する際の視点として不十分になってきています。特に2008年のリーマン・ショック以降、その傾向が顕著になっています。企業の個別戦略によって業界内格差が広がるということは、転職活動をする側も、十把一絡げではなく、より精度の高い「企業を見る目」が必要になっているということを意味しています。

一方で、内閣府の調査では「雇用保蔵者」という名の余剰人員は日本全体で400万人以上にのぼるといわれています。リストラ対象の低年齢化も進んできており、20世紀型経済から21世紀型経済への労働移動が大きく展開しようとしている状況です。俯瞰(ふかん)的な視界で、世の中の動向を読み解きながら、今後のキャリア構築を考えていくことを、強くお勧めします

リモートワークがもたらした「実力可視化」社会

「伸びる業界や企業もあれば、沈む業界や企業もある」ということと同じように、個人のキャリアについても「成長の余白が大きい人と付加価値が下がり始める人」という見方は可能です。たとえばコロナ禍でリモートワークが一気に進んだ結果、会社にいなくても成果を出せる人材と、従来型の働き方の中で何となく機能してきた調整型の人材の間で、生み出す価値の格差が注目されています。

多様な業界・企業の現場で、従来の労働環境があったから必要とされてきた仕事が、労働力としての需要を失うことになったり、従来の環境の中でしか成果を生み出せない人が明確に可視化されたりする現象が起こっています。

また、このリモートワーク環境の広がりは、個人個人の働き方に自立性が求められるという意味で、個人事業主型の副業についても大きな追い風となっています。いわば新型コロナという脅威のおかげで、日本的な働き方が想像もつかなかったスピードで変わろうとしているのです。

こういうシーンで最も弱さが出てしまうのは、40歳を過ぎるまで一つの大企業に勤め、その企業には最適化されているが、社外とは隔絶されている「純粋培養」のプロパー社員。こういう人たちが初めての転職に踏み込む場合には、転職そのものの恐怖感(ほとんどが先入観でしかないのですが)で行動がフリーズしてしまうこともあります。

単に大企業が厚遇だったからとか、転職マーケットの相場を知らないからではなく、「(一つの勤め先で得た)単一の視点しか持っていないこと」が主な原因になっていることが多いと考えています。

「自分の生涯キャリア」を見晴らしてみる

そのようなピンチを迎えないために、どうすべきか?

まずお勧めしたいことは、自分の仕事人生の全体像を俯瞰できる、見晴らしのいい場所に移動してみることです。とはいえ、物理的にそういう丘のような立地があるわけではないので、視界だけでも移動してみる方法をご紹介します。自分の仕事人生を俯瞰的に見るために、パソコンを開いて表計算シートで以下の作業をやってみていただければと思います。

縦軸を0歳~80歳、横軸を1月~12月として表を作ると、960カ月分のセルが出来上がります。仮に寿命を80歳だと仮定してみると、この960カ月が人生の全体を俯瞰した一覧表となります。人生見晴らしマップは表計算ソフトで簡単に作れる

小学校、中学校、高校、大学、就職(1社目)、転職(2社目)という具合に、自分の生きてきた道を、このセルに書き込んでいってみてください。たとえば、体力や気力を考えて、仕事人生をいったん70歳までと考えて、70歳の誕生日をリタイア予定日だと仮定すると、現在地点からそこまでの残り月数が可視化できます。

この真っ白な残り時間を、どんな仕事人生にしていきたいのか。あるいはどんな仕事人生であれば作り上げることができるのか。10分もあれば作れるこの表を見ながら、人生設計の思考を巡らせてみてほしいと思いますb

リモートワークがもたらした「実力可視化」社会

「伸びる業界や企業もあれば、沈む業界や企業もある」ということと同じように、個人のキャリアについても「成長の余白が大きい人と付加価値が下がり始める人」という見方は可能です。たとえばコロナ禍でリモートワークが一気に進んだ結果、会社にいなくても成果を出せる人材と、従来型の働き方の中で何となく機能してきた調整型の人材の間で、生み出す価値の格差が注目されています。

多様な業界・企業の現場で、従来の労働環境があったから必要とされてきた仕事が、労働力としての需要を失うことになったり、従来の環境の中でしか成果を生み出せない人が明確に可視化されたりする現象が起こっています。

また、このリモートワーク環境の広がりは、個人個人の働き方に自立性が求められるという意味で、個人事業主型の副業についても大きな追い風となっています。いわば新型コロナという脅威のおかげで、日本的な働き方が想像もつかなかったスピードで変わろうとしているのです。

こういうシーンで最も弱さが出てしまうのは、40歳を過ぎるまで一つの大企業に勤め、その企業には最適化されているが、社外とは隔絶されている「純粋培養」のプロパー社員。こういう人たちが初めての転職に踏み込む場合には、転職そのものの恐怖感(ほとんどが先入観でしかないのですが)で行動がフリーズしてしまうこともあります。

単に大企業が厚遇だったからとか、転職マーケットの相場を知らないからではなく、「(一つの勤め先で得た)単一の視点しか持っていないこと」が主な原因になっていることが多いと考えています。

「自分の生涯キャリア」を見晴らしてみる

そのようなピンチを迎えないために、どうすべきか?

まずお勧めしたいことは、自分の仕事人生の全体像を俯瞰できる、見晴らしのいい場所に移動してみることです。とはいえ、物理的にそういう丘のような立地があるわけではないので、視界だけでも移動してみる方法をご紹介します。自分の仕事人生を俯瞰的に見るために、パソコンを開いて表計算シートで以下の作業をやってみていただければと思います。

「逆算思考」でキャリアに保険をかけていく

自分は、人生でこの先、どれぐらい働くことができるのかが可視化できると、時間という財産の価値がいくらか見えてくると思います。人生で最も資産価値が高いものは、高級車でも家でもなく、自分の時間です。この時間をどう有効に使えるか次第で、人生そのものの充足感が変わってくると思います。

時間の使い方が下手な人は、受動的に生きることで時間を浪費してしまう人です。特に、会社や環境を起点として生きることは後悔を招くおそれがあります。転職に動いた人たちも、これまではアクションを起こさざるを得なくなった人たちが、ほとんどだったのです。仕方がないから転職を考えた、と。

自ら進んでキャリアをデザインする「自分起点」で動こうとした人よりも、受動的なアクションのほうが圧倒的に多かったのです。そして、受動的なアクションで転職しても、結局はうまくいきません。迎える企業側は、自分の意志で来てくれる人を求めているからです。

そもそも自分の人生を自分の意思で決める自己決定は、極めて重要です。なぜなら、それが幸福度を大きく左右するからです。自分で選択し、決定することが、充足感につながる因子だからです。しかし、現実には自分で決めているようで実際は流されているだけの人がいかに多いことか。

学生時代の就職で、「内定をもらう」ことが目的化して、あいまいな意思決定をしてしまった人。入社後の異動や転勤で不本意なことを受け止め続けた結果、自分のメインキャリアがわからなくなってしまった人。

毎日のように多くのミドル世代の人たちに会って話を聞いていると、よく聞こえてくるのは、「他責」の言葉。会社の業績が厳しくなったから動かざるを得なくなった。上司と合わないからもうこの会社は嫌だ。本意でない部署に会社から異動を命じられた……。

社会的な地位や年収がいくら高くても、人生の重要な意思決定を誰かに預けてしまったということは、後々、充足感を得にくい背景・要因となります。

また、自分で意思決定をすることなく、会社が決めた命令を受け入れざるを得ないと思い込んで、受動的な立場を続けてきた人は、どうやって自分の時間をデザインしていけばいいのかさえもわからなくなってしまうことがあります。

大切なことは、自分の人生の時間に対して、自らイニシアチブを持って意思決定することです。

メジャーリーグで活躍したイチローさんは、プロ野球時代に3割8分5厘(1994年)という打率成績を周囲から褒められても、何とも思っていなかったといいます。理由は、イチローさん自身がその数字を目指していたわけでは全くなかったからです。むしろ自分にいら立ちを感じ、4割超えを本気で目指していたともいわれます。その結果が3割8分5厘だったわけです。イチローさんは自分の可能性から逆算した目標を自分で定めていたのでしょう。

ぜひ与えられた能力と時間を最大限有効に使うために、仕事人生の残り時間から逆算して、自分の時間をどう使っていくのかを検討してみてもらえればと思います。

※「次世代リーダーの転職学」は金曜掲載です。この連載は3人が交代で執筆します。黒田真行

ルーセントドアーズ代表取締役。日本初の35歳以上専門の転職支援サービス「Career Release40」を運営。2019年、中高年のキャリア相談プラットフォーム「Can Will」開設。著書に『転職に向いている人 転職してはいけない人』、ほか。「Career Release40」 http://lucentdoors.co.jp/cr40/ 「Can Will」 https://canwill.jp/

鳥の目と虫の目が大事 「要するに/例えば」で切り替え

「戦略」をあなたの言葉で説明してください

私たちは普段たくさんのビジネス用語を使って仕事をしています。ところが、その意味を問われると案外うまく説明ができず、できたとしても人によって意味が違っていたりします。典型的なものに「戦略」という言葉があります。

今年は、コロナショックのせいで、大幅に戦略を見直した企業が多かったのではないかと想像します。その戦略とは何でしょうか。「戦略とは?」と問われたら、何と説明をしますか。

この質問に対する答え方は大きく2通りあります。一つは、「企業の長期的な作戦である」「ビジョンを具現化するための基本方針」「選択と集中を明らかにしたもの」といった、戦略の定義を述べるやり方です。あわせて読みたい斬新さ重視、ざっくり検証 コンサル流仮説思考の極意チコちゃん人気 「問いの深さ」が核心 

ちなみに、Wikipediaには「特定の目的達成のために、総合的な調整を通じて力と資源を効果的に運用する技術・理論」と書いてあります。「さすがうまい説明」と思う方もいれば、「難しくてサッパリ分からない」と感じる人もいます。そこでもう一つの説明の仕方があります。

「たとえば、かつての日本軍は、南方の天然資源の確保とアメリカの太平洋艦隊に打撃を与えることを狙い、アジアとハワイを同時に攻めた。こういうのを戦略と呼ぶ」というやり方です。具体例で示すわけです。

「経営学では『いかに勝てる位置取りをするか?』というポジショニング論と、『いかに資源を最大限に活用するか?』というケイパビリティー論の2つの考え方がある」という学説を紹介するのも同じ範疇(はんちゅう)に入ります。2つの説明は、根本的に何が違うのでしょうか。

抽象的に考えて全体や本質をとらえる

勘の良い方はお気づきのように、前者では戦略を抽象的に説明したわけです。抽象化力を働かせると、あのような解説になります。

軍事で使う戦略と企業経営で使う戦略は、少し意味が異なります。後者にしても、企業の数だけ戦略があります。一つの企業の中にも、経営戦略、事業戦略、競争戦略などたくさんの戦略があります。それらを全部ひっくるめ、細かい話はそぎ落し、共通の要素を見つけて一般化する。それが「抽象思考」です。

そうすることで、情報がコンパクトに圧縮でき、ザックリと全体が把握できるようになります。物事を俯瞰(ふかん)的に見ることができ、本質を浮き彫りにできます。抽象化しておけば、どんな事象にも当てはめることができ、汎用的に使えるようになります。

抽象思考にスイッチを入れる言葉があります。「要するに」「つまり」「一言で言えば」です。

たとえば、大人数で会議をしていると、いろんな意見が出て収拾がつかなくなることがあります。そんな時こそ抽象思考の出番です。「要するに、みんなの言いたいことは……」と共通項を取り出してみましょう。それこそが合意点です。まずは大まかな合意点をつかんでから、細かい点を調整していかないと、まとまるものもまとまらなくなります。

具体的に考えないと違いや変化を見落とす

抽象思考ではバッサリと枝葉を落として一般化します。あるいは、物事を引いて見て全体像をつかもうとします。

ただし、やり過ぎは禁物。「戦略とは捨てることなり」となると、かえって分かりにくくなります。あるいは、「グローバルなクライシスに対応すべく、新たなイノベーション戦略の構築をワンチームで成し遂げる」と言われて、意味が分かるでしょうか。こんな「言語明瞭・意味不明瞭」の話で議論が進んでいるとしたら危険信号です。

それに、抽象思考ばかり使っていると、すべてのことが一般化されてしまい、差が出なくなります。「神は細部に宿る」のことわざ通り、独自性を出すには抽象思考は不向きです。

そこで役に立つのが「具体思考」です。大きすぎる話を小さくして、物事の細部から考える思考法です。

よく使うのが事例を挙げて考えることです。ストーリーを使えば、輪郭がハッキリして、イメージがつかみやすくなります。本稿でも戦略という言葉を例にして抽象思考を説明しています。

メタファーやアナロジーを使い、何かにたとえるのもよい方法です。企業活動を、戦争、スポーツ、ゲーム、機械、生命などにたとえて考えるのは常とう手段となっています。

もう一つよく使うのが要素に分解することです。たとえば、戦略を「ヒト」「モノ」「カネ」や「どこで」「何を」「どうやって」に分けて考える、といったやり方です。

具体思考にスイッチを入れる言葉が、「たとえば」「例を挙げると」「細かく言えば」です。これを唱えると具体的に考えざるをえなくなります。

「鳥の目」と「虫の目」を使い分ける

細かいところに入り過ぎると全体や本質を見失ってしまいます。かといって、大きなところばかり見ていると、違いや変化が分からなくなります。

つまり、2つの思考はセットにして使わないと役に立ちません。抽象的に考えた後で具体的に考え直すといったように。これを「抽象度を動かす」「チャンク(塊)を変える」と言います。

たとえば、人と話をしていると、「え、何だって?」と聞き直されることがあります。そんなときによくやってしまう失敗は、相手の落ち度だと思ってしまうことです。「相手がちゃんと聞いていなかった」と考えて、同じ話をもう一度してしまうのです。

そうではなく、自分の落ち度つまり説明の仕方が悪かったのです。違う説明の仕方をしないと、「やっぱり分からない」となるだけです。

こんなときこそ、抽象度を動かして説明をし直してみましょう。「つまり、○○ということさ」「例を1つ挙げてみようか」と。相手が分かると同時に、自分の頭の中もクリアになります。

鳥の目で見る抽象思考と虫の目で見る具体思考。2つの思考が両輪となって私たちの考えが深まっていきます。抽象度を動かすことを思考の習慣にしてしまいましょう。

堀公俊
日本ファシリテーション協会フェロー。大阪大学大学院工学研究科修了。大手精密機器メーカーで商品開発や経営企画に従事。1995年からファシリテーション活動を展開。2003年に日本ファシリテーション協会を設立、研究会や講演活動を通じて普及・啓発に努める。著書に「ファシリテーション入門第2版」「会議を変えるワンフレーズ」など。

リモート転勤に注目 転居せずキャリア広げる

勤務中の関西支店から東京本社の会議に参加する赤坂営業管理部在籍の土屋響子さん(上、東京都千代田区の三菱地所プロパティマネジメント)

勤務中の関西支店から東京本社の会議に参加する赤坂営業管理部在籍の土屋響子さん(上、東京都千代田区の三菱地所プロパティマネジメント)

転居をせず、リモート勤務でほかの地域の仕事をこなす「リモート転勤」が広がりつつある。女性はこれまで結婚や子育てなどの理由から転勤をためらう例が多かった。転居せずに幅広い経験を積むことができれば、キャリア形成の可能性がぐんと広がりそうだ。

■業務を洗い出し、現地対応を最小限に

三菱地所プロパティマネジメントは昨年から、転居せずオンラインで異動先の業務をこなす「あたらしい転勤」の実証実験を進めている。同社はオフィスビルや商業施設の運営・管理で全国に顧客や物件を持ち、「何か起きれば現場に駆けつける」のを鉄則とする。不動産業界は契約書や押印など紙文化も根強い。実験開始前には仕事の5割がリモートに対応できない「現地マスト」業務だった。

画像の拡大

当初、社内からは「リモートでは無理」といった声も上がった。そこで業務を洗い出し、(1)社内や顧客との会議のオンライン化(2)書類の電子化(3)現地の担当者との業務分担見直し――などを実施した。現地マスト業務を全体の5%まで縮小させ、テナントとの交渉など現地対応が欠かせない業務のみ出張でまとめて対応するという新たな仕組みを作り上げた。

昨年9月から1カ月間、東京本社と横浜で働く女性3人が支店のある大阪や名古屋に滞在し、地方支店から東京本社の業務をオンラインでこなす試みを実施した。これまで現地マストとされてきた業務をリモートでできるか検証するためだ。

仕組み作りの中心を担ったのは営業職の女性たちでつくるチーム。「移動時間を短くでき、お客様からの急な問い合わせへの対応などが早くなった」。リーダーを務めた中央営業管理部兼働き方改革推進部の吉野絵美さんは手応えを感じたという。

今年9月からは2021年度の制度化に向けた追加実験も進める。関西支店から東京の業務をこなす土屋響子さんは「東京にいるだけでは得られない経験や知識を持てた」と前向きだ。対象を男性にも広げ、地方支店の社員が東京に来て支店業務をこなすケースも試す。東京本社から名古屋支店の業務を担う平城洋輔さんは「転居を伴う転勤は家族との生活にも関わる問題。働き方の選択肢が増えるのはありがたい」と話す。

■退職招く転勤への疑問、メリット残しながら制度を構築

吉野さんは同僚や部下の女性が自身や夫の転勤を機に退職した例を見てきた。「キャリアを諦めなければならない転勤が本当に必要なのかと感じた」。一方で、ほかの地域の支店の営業手法を学ぶ重要性も否定できない。転勤のメリットを残しつつ、勤務地を変えずに働き続けられる仕組みを目指して動いている。

離職せず、キャリア継続を選ぶ人が増えれば会社にも大きなメリットになる。人事企画部ユニット長の水野英樹さんは「採用にもプラスに働く可能性がある」と期待する。

多様なキャリアを築くには転勤が不可欠とされてきた金融業界でも、リモートでほかの拠点の仕事をすることを後押しする取り組みが進む。同業界は採用段階でどこでも転勤可能なグローバル職と地域限定のエリア職に分けるのが一般的だ。多くの女性がエリア職を選ぶため業務が限られ、昇進スピードも遅かった。

東京海上日動火災保険は今年9月、地域限定社員も東京の事業に参画できる「プロジェクトリクエスト制度」を導入した。地域限定社員の職域を広げ、キャリア形成を支援する狙いだ。

地方で働く社員が本社の企画に参加する「プロジェクトリクエスト制度」を利用し、会議に参加する渡辺祐子さん(中央、東京都千代田区の東京海上日動火災保険)

地方で働く社員が本社の企画に参加する「プロジェクトリクエスト制度」を利用し、会議に参加する渡辺祐子さん(中央、東京都千代田区の東京海上日動火災保険)

名古屋損害サービス第一部の渡辺祐子さんは、社内の学びとコミュニケーションの企画・運営プロジェクトに参加する。通常業務のかたわら、リモート会議や社員インタビューなどをこなしてきた。

最近ではワーケーションへの社内の関心が高まっていることを受けて、オンラインイベントを開催。「全国の魅力的な社員と知り合うことができ、刺激をもらっている」と話す。メンバー16人のうち7人は女性で、4人が地方で働いている。

同社には以前から他の部門に挑戦する「ジョブリクエスト制度」があるが、地方の社員は一般に転居が求められる。ただ、渡辺さんは「今後はジョブリクエストでも転居の必要がなくなるかも」と感じている。

■転勤の有無で昇格の差、解消の動きも

安田生命保険やアフラック生命保険も、本社部門に所属しながら地方拠点で働く職種を新設する。配偶者の転勤の際などにも働き続けられる仕組みを整える。

処遇を改めるの損保損害保険ジャパン損害保険ジャパンだ。21年からグローバル職とエリア職それぞれに定めていた昇格の差をなくし、呼称も廃止する。これまでグローバル職は入社の翌年に2等級に昇格したが、エリア職は入社翌年に1等級、数年後に2等級とスピードに差があった。今後は転勤の有無にかかわらず、能力発揮に応じて昇格する「人物本位」の人事運用とする。

転勤はこれまで多くの企業で組織継続のため欠かせないとみられてきた。先行企業が転勤前提の人事運用に代替する成功例を示せれば、「脱転勤」に追随する動きが広がり、女性のキャリア継続を阻んできた障壁の1つが破れるかもしれない。

■見直し迫られる転勤制度 自ら勤務地選ぶ時代に

 働き手が勤務地やキャリア形成を企業に一任する日本式のメンバーシップ型雇用の限界は、このコロナ禍で一層認識されるようになった。転勤問題に詳しい法政大学の武石恵美子教授は「転勤がすべて不要というわけではない」と前置きしつつ、「労働力人口が減少し経営環境も変化している。転勤が果たしてきた従来の人材育成方法が今後も同じように機能するとは限らない」と指摘する。
 武石教授は「改めて不可欠な転勤とは何かを問い直し、人事管理制度全体の見直しを進めることが必要だ」とも話す。リモート勤務などの工夫で対処できる実例を取材し、働く場所やキャリアを働き手自らが選択するのが当たり前、という時代が近づいているのかもしれないと感じた。
(浜美佐、女性面編集長 中村奈都子)