発信力より「聴く力」 仕事の成功導き、組織強くする50代からの転職(下) 

8月 23, 2020 50代からの転職

エール取締役 篠田真貴子さん

エール取締役 篠田真貴子さん

エール取締役 篠田真貴子さん

comemo

次代を担う「旗手」は何を感じ、何を考えているのか――。日本経済新聞社が運営する投稿プラットフォーム「COMEMO」から、「キーオピニオンリーダー」が執筆したビジネスパーソンにも役立つ記事を紹介します。外資系企業大手から「ほぼ日」最高財務責任者(CFO)を経て2020年、オンラインで社外人材による「1on1(ワン・オン・ワン)」と呼ぶ1対1の面談を提供するベンチャー、エール(東京・品川)に転職した篠田真貴子さんに、「聴く力」について語ってもらいます。

ベンチャーに転職したきっかけは「聴く力」

数年前からの知人の紹介で、私はベンチャー企業のエールと出合いました。

前職を辞めた後、いろいろな方と話をする中で、仕事の誘いをもらうことはしばしばありました。当然ながら、私にいただく仕事の話は、これまでの私が経験した領域のものです。その時点で、自分自身の中でやりたいことが明確になってはいませんでしたが、「これは違うな」「何かがずれているな」ということはわかりました。あわせて読みたい【前回】1年無職、50代でベンチャーへ常識外れの経営でも増収増益の「ほぼ日」

私を客観的に評価して提案いただいた仕事に心が動かなかったのは、それまでとは違う自分を見つけたかったからかもしれません。

ちょうどその頃、「聴く」ことに関する2冊の本と出合いました。私自身を振り返ると、この1年3カ月、いろいろな人に会って話を聴いてもらうことが、大きな救いになり自己理解も深まったのだと、そのときに気づきました。

提案いただいた仕事に違和感をおぼえたのは私自身に対する感度が高まったからで、それは「話を聴いてくれる」友人たちがいたからだと思いました。「これはすごい」と、私もそれまで以上に周囲の人の話を聴くことに意識を向けるようになりました。そして聴くことの力を実感していました。

そのタイミングでエールの話をいただきました。

エールは企業の社員と社外の副業人材である聴き役をマッチングし、週30分間オンラインで面談して、社員のモチベーションや組織の生産性を上げるサービスを提供している会社です。1対1の面談で話を聴くことで、個人の力を引き出し、組織を強くします。

業績を上げたくても社員のモチベーションが上がらなければそれを実現できないことは、多くの企業が実感しています。しかし、具体的にどのようにコミュニケーションを改善していけばいいのか、対応策を打てていない状況です。そのための手段として、エールが外部から提供する1対1の面談を使ってもらう、ということです。

「話す・書く」より「聴く力」の重要性に気づく

「コミュニケーション」と言うと、多くの人は「話す・書く」といった「発信」に目がいきがちです。しかし、それ以上に「聴く力」は重要で、ビジネスでも社会でもこのことが当たり前のこととして認識されるようになれば、世の中はより良くなるはずです。そこに一歩でも近づきたいと、私は考えています。「聴く力」に魅せられてベンチャー企業、エールに転職した篠田さん(中央)

昨今、ビジネスで注目されているキーワードに「心理的安全性」というものがあります。これはグーグルが社内のパフォーマンスの高いチームを研究したところ、特徴として見られた傾向を公表したものです。その中で私が注目した特徴は以下の2つです。

・チームメンバー同士の話している量が均一である

・ボディーランゲージを読み解く力が高い

話す量が均一ということは、例えば5人のチームならば、5人それぞれ、話している時間は2割で残りの8割は聞いていることになります。さらにその聞いている時間は、音声だけでなく、ボディーランゲージをお互いに読み取り合いながらコミュニケーションしているということです。これが、心理的安全性を生みパフォーマンスを高めることにつながるのだとしたら、今、多くの職場が目指す状態を実現するには、「聴く力」というスキルを高めればよいのです。

心理的安全性が注目されている背景には、企業が高い成長を目指す場合、その事業にふさわしい優秀な人材を獲得しなければならないことがあります。とはいえ、多くの企業が人材の獲得で苦戦しています。雇う側と雇われる側の関係が変わってきたという社会的な要因もあるからです。

かつては、心理的安全性など企業が考えなくてもいいほどの買い手市場でした。しかしその関係が変わりフラットになりつつある中で、会社が選ばれ、優秀な人材に安心して能力を最大限発揮してもらうためには、心理的安全性がかなり高い状況をつくらなければならなくなっています。

インターネットが普及して、上下関係もなくフラットな世界観が私たちの暮らしにも浸透してきています。情報は決まった経路のみでやり取りされるのではなく、その時々で最も適切なネットワークが生まれ、その中を行き来する。すると、これまでは出来上がった上下関係や経路の中でとにかく偉くなって自分がコントロールする立場になることを考えていればよかったものが、これからは、自分を中心に自分にベストなネットワークをつくり、そこを流れる情報を自ら取りに行き編集しなければ、仕事の価値を生むことが難しくなります。

どの情報を取るかを考えるのも、自分にベストな関係を柔軟に構築するのも、「聴く力」がなければできません。フリーランスやインターネット上でビジネスを展開している人には10~20年前からすでに浸透している考え方ですが、いよいよ大企業もそのようなモードになってきています。「オープンイノベーション」などは、その象徴かもしれません。

組織の中だけで構築された役割分担と情報経路だけで仕事が回るということは、もはやありません。聴く力は、20年前でいう「プレゼンスキル」のような位置付けになり、今後はビジネスを成功に導くのに不可欠なものになっていくでしょう。

コロナによる働き方の変化は成長のチャンス

私のいるエールは3月中旬から、フルリモートの働き方になりました。その中で、対面のコミュニケーションの良さを実感することもありますし、人間である以上そこが基本だとは思っています。しかし、オンラインにはオンラインの良さがあることも確かです。エールでは、1対1の面談で話を「聴いてもらう」サービスを提供していますが、画像をオフにして音声のみにすることで、相手の感情を感じ取りやすい状況をつくっています。電話と同じ状態です。篠田さんは「リモートワークが増えるなどの変化は成長のチャンス」とみる

耳に声が直接入ってくる距離感と、視覚情報で取り繕うことができない無防備な声の変化から、対面ではわからない発見ができます。例えば、自分の好きなことや懸命に取り組んでいることを話すときには、声に張りが出たり、言葉数が多くなったり、少し早口になったりする傾向があると感じます。

ビデオ会議や電話会議など、様々な手段でコミュニケーションを取った場合、その後の情報の定着率や実行・行動への遷移率などを調べている研究があると、先日ある研究者に教えてもらいました。オンラインだからこそ効果的にできるコミュニケーションがどのようなもので、同じ場を共有するリアルだからこそ可能なコミュニケーションはどのようなものか、今後経験値が増えて徐々に明らかになっていくでしょう。

この使い分けができるようになれば、リアルだけだった頃に比べ、いろいろな意味で豊かな状態になるのではないかと、期待しています。そうなれば、自分の所属している会社や組織、チームとは「いったいどんなものか」と、改めて自分自身に問い直す動きも自然に生まれてくると思います。

自分を変えるにはやり方が3つあるそうです。「時間配分を変える」「付き合う人を変える」「住む場所を変える」。リモートワークが増えるということは、会う人がまったく同じでも、時間の使い方と職場という場所は変わることになります。新型コロナの影響もあって、強制的に起こったといえるこれらの変化は成長のチャンスです。どんなことにもプラスとマイナスの両面があります。そのとき、より良くなる可能性が十分あり得るということに、目を向けられることが大切だと思います。

篠田真貴子
1968年生まれ。慶応義塾大学経済学部卒、米ペンシルベニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行(現新生銀行)、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月にほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)に入社。取締役CFOを務めた。2018年退任、1年3カ月の空白期間を経て、2020年3月からエール取締役。

投稿者: 瑚心すくい

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