ジョブ型でも解雇と無縁 SAP、成長促すドイツ流

8月 3, 2020 ジョブ型雇用

働き方innovation 正社員って何だろう

「日本企業と違って役割が明確なので働きやすい」と話す中島ゆきさん(東京都千代田区)

「日本企業と違って役割が明確なので働きやすい」と話す中島ゆきさん(東京都千代田区)

大手企業中心に、ジョブ型雇用の導入が広がっている。日本が目指すジョブ型は、解雇前提の米国流ではないと経団連などは指摘する。とすれば安易に社員を解雇しないドイツ流が近い。日本型雇用に代わる正社員のモデルになりうるのか。ドイツ系企業、SAPジャパン(東京・千代田)の取り組みから、実像と課題に迫る。

■「すべきことが明確 無駄なく働ける」

「会社の期待に応えられているのか。成長実感がなく、もやもやした気持ちでした」。SAPジャパン・エンタープライズ・ビジネス営業部の中島ゆきさん(33)は前職を振り返る。2011年に新卒で大手メーカーに入社。働きがいを求めて16年に転職した。

自社製品を顧客に売る役割に変化はない。ただSAPジャパンでは果たすべき役割が細かく示されている。販売戦略の立案、顧客を知るために収集・理解すべき情報、他部署との連携の取り方など。「職務が明確なので自分が会社に貢献できているか、何が足りず何をすべきか迷わない」

前職では残業が100時間超の月もあった。担当は決まっていたが、参加者が足りないからと担当外の会議に駆り出されたことも。今は遅くとも夜8時に退社する。「担当外の仕事は断れる。無駄なく働ける」

欧米で主流のジョブ型雇用。その要がジョブディスクリプション(職務定義書)だ。担当職務や責務、求められる能力や資格などを文書で示す。同社では約1500人の社員全員がジョブ型。A4で6ページほどの文書に基づき働く。

■全世界で約1100のジョブディスクリプション

利点は自律的に働けることだ。製造産業統括本部の部長、坂倉翔さん(37)は2月に育児休業を3週間取った。以前は夜11時まで働いていたが、父親になって改めた。午後6時に退社し、共働きの妻と育児を分担。ほぼ残業ゼロでも昨年部長に昇格した。「職務を果たしていればOK。仕事と生活が両立しやすい」

子どもを連れて保育園から自宅へ帰る坂倉さん(東京都江東区)

子どもを連れて保育園から自宅へ帰る坂倉さん(東京都江東区)

SAPは統合基幹業務システム(ERP)などを開発・販売するIT企業。本社はドイツで世界180カ国・地域に拠点を持つ。ドイツでは産業革命以降、ジョブ型を100年以上続けてきた歴史がある。以前はジョブ型を原則にしながらも適用は現地法人に任せていた。だが12年に人事制度を統一。ジョブディスクリプションも世界共通にしてジョブ型を徹底した。

グループ社員は10万人超。人事制度がばらばらでは個々の実力が測れない。そこで役割と評価の基準をそろえた。全世界で約1100のジョブディスクリプションがあり、社員はいずれかに基づき働く。

報酬は各国の労働市場に準じて職種ごとに決める。外部と賃金水準を合わせて転職者を受け入れやすくする狙いだ。年功型賃金の日本企業と違い、年齢や社歴が同じでも希少価値の専門職は高収入を得る。

異動は公募制だ。世界のジョブディスクリプションを公開しているので、やりたい仕事があれば職務の内容や必要な能力、経験などを確認できる。足りない部分を補えば誰でも手を挙げられる。日本で採用され海外に転出した社員もいる。不可解な情実人事も起きない。キャリアアップは公平で努力次第。それが社員の成長意欲を高め、全体の生産性向上につながる。

■毎週面談し助言 2万通りの研修用意

ジョブ型を導入すれば社員が自律的に働くわけではない。職務を果たせるよう成長を促したり、職務ばかり優先してチームワークを乱したりしない工夫が必要だ。SAPも12年の完全移行後、これらの課題に直面し、手を打ってきた。

例えば評価システム「SAPトーク」。年1回の面談に代わり、17年に導入した。管理職が部下と最低四半期に1度面談し、(1)目標の進捗度(2)今後のキャリア希望(3)仕事上の悩み――を聞き取る。実際は毎週行う部署が多い。決算書の読み方や営業戦略の立て方、コミュニケーションスキルなどeラーニング研修を約2万用意し、面談でどれがいいか助言。能力や知識レベルに応じて受けられる。

14年には社員同士が感謝を伝え合うシステムを導入。例えば職務外の仕事をこなしてくれた社員に「ありがとう」メッセージや報奨金(最高7万円)を送る。個々が自分の仕事や部署に閉じこもらず、助け合うムードを高める狙いだ。

ジョブ型には失職懸念が付きまとう。成果を出せなかったり担当業務がなくなったりしたらさようなら――。解雇のハードルが低い米国ではよくある光景だ。ただドイツは労使協調が基本にあり、ドライに社員を解雇しない。だからこそ会社は社員の能力を最大限引き出す努力が欠かせない。

解雇をちらつかせて社員に貢献を無理強いしても、得られる果実は少ない。人事戦略特別顧問のアキレス美知子さんは「ジョブ型は不要な社員を選別する仕組みではない。いかにやる気を高めるか。その工夫があってこそ大きな成果に結び付く」と説明する。

■日本型雇用、コロナで転機

 欧米のジョブ型に対して、日本の働き方はメンバーシップ型と呼ばれる。終身雇用を前提に、長期間会社に所属するメンバーとして、職務を定めず会社が求めるままどんな業務も担う。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」によれば、一般労働者の平均勤続年数は平成以降も伸びている。転職が増えたとはいえ、新卒で入社した会社で働き続けるのが今でも主流だ。

画像の拡大 メンバーシップ型を年功序列型賃金が補強する。ジョブ型は同じ職務なら収入は増えないが、メンバーシップ型は長く働くほど収入が増える。所定内賃金を年齢別でみると20~24歳から右肩上がりでピークは50~54歳。成果主義など賃金制度は変わりつつあるが、年功型は根強い。希望の職務でなくても会社の命じるままに働くことが収入増と安定した生活につながった。

画像の拡大 経団連は今年1月、「ジョブ型社員」が活躍できる制度の構築・拡充が今後必要だと提言した。メンバーシップ型社員は自社事業に適した人材を育て、長く囲い込むのに有効だが、ほころびが見え始めたと指摘。イノベーションを起こす人材が育ちにくく、能力に応じた報酬を払えないために優秀な人材を海外企業に奪われるケースも出てきた。
 コロナ禍はジョブ型への変化を促した。上司の指示の下に働くメンバーシップ型はテレワークに適さないからだ。職務と責任が明確なジョブ型なら、いつどこであろうと社員は仕事に集中しやすい。コロナ禍を経て、日立製作所資生堂富士通などはジョブ型導入を表明した。
 経営環境の変化は著しく、生涯を1社に委ねる終身雇用はむしろ危険だ。専門性を培うジョブ型は、働く側にも利点がある。SAP流は解雇と切り離してジョブ型を実現できる道筋を示している。(編集委員 石塚由紀夫氏)

投稿者: 瑚心すくい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です