中小、残業ゼロには「愛と勇気」 無理いう顧客と決別

10月 27, 2019 中小企業, 働き方改革

中小企業の働き方が大きく変わる。働き方改革関連法の施行から半年余り。すでに大企業で始まっている残業時間の上限規制が2020年春から中小にも適用される。「ワークスタイル あすの現場」第2部では「残業ゼロ」をいち早く達成した中小や、社内改革の成果をビジネスに生かすスタートアップ企業などの姿を追う。

社員約30人のシステム開発会社ユーワークス(東京・文京)で働く船橋聡さん。毎週木曜、午後4時半には会社を出て自宅近くの保育園に2人の子どもを迎えに行く。帰宅後は共働きの妻が用意しておいた夕食をとり、風呂から寝かしつけまで1人で担うことも。妻にとっては残業や出張などができる日だ。

船橋さんは早帰り以外の週4日も、定時の5時半には退社できる。ユーワークスは社員の平均残業時間がほぼゼロ。時差出勤制を取っているため帰宅時間はまちまちだが、午後7時になればオフィスはもう真っ暗だ。

船橋さんは2年前に外資系のIT(情報技術)大手からユーワークスに転職した。同社はもともと学生時代のアルバイト先で、吉本英治最高経営責任者(CEO)がフェイスブック上で求人募集をしているのを見たのが転機だった。

給料は下がったが「時短勤務と割り切ればいい。何よりやりがいや、自分自身の成長を感じられる」と話す。帰宅後もメールや電話に追われていた前職と違い、家族との時間を気兼ねなく過ごせるようになった。

■トップは社員を守れ

 同社は13年頃に平均残業時間ゼロを達成した。きっかけは11年の東日本大震災だ。「担当者が来られず納期を守れないなら、違約金を払ってもらう」。震災翌日、吉本CEOは電話先の元請け業者の言葉に耳を疑った。

当時は4次下請けで大手の社内システムの構築に関わっていた。だが実家が被災した社員が出向けないと伝えると、元請けの返答がこれだった。

「こんな状況で仕事ができると思うのか。これまでの支払いは不要。我々は手をひきます」。吉本CEOはその場で仕事を断った。「下請けという弱い立場で、当たり前のことを社員にさせてあげられない自分が情けなかった」と振り返る。

吉本CEOはつくば大学出身。仲間らと「研究室の延長戦のようなノリ」で2001年に創業した。しばらくは「朝方の新聞配達より先に帰ったら『負け』という言葉もあった」ほどのブラック企業。だが結婚や育児をする社員が増え、働き方の見直しが必要だと考え始めたところに震災が起きた。

まず手をつけたのは顧客の選別だ。11年以前、大企業向けの下請け仕事は7割を占めていた。それでは主体的に作業日程を組むなど不可能だ。そこで突発対応が不要な研究機関や公的機関に的を絞って営業をかけた。現在は宇宙航空研究開発機構JAXA)など名だたる機関を顧客に持つ。

■「脱下請け」の勇気

 吉本CEOは「待っていれば仕事が飛び込んでくる下請けはある意味で営業が楽。だが、そこから飛び出したかった」と話す。多くの中小にとって理想論にも聞こえる「脱下請け」は、自らの殻を破る勇気が必要だ。

営業の効率化も進めた。文京区にある同社のほとんどの顧客は徒歩圏内だ。川崎市の顧客も移動に1時間以上かかるから、と商談を取りやめた。ウェブ会議や在宅勤務など、社員が効率よく働ける環境整備を進める。

気になる業績。18年の売上高は11年の約4倍の1億5200万円に伸びた。ミャンマーに支店を出し、医療機器向けのシステム開発も手がけるなど業容が広がる。

一方、中小企業の1割を占める製造業。筆者は先進事例を探したが、なかなか見つからない。そんななか奮闘ぶりが目に留まったのが、屋根金具を製造するサカタ製作所(新潟県長岡市)だ。

同社の転機は14年末。当時は太陽光発電ブームで屋根への設備の取り付けが全盛期だった。売り上げが伸びる半面、社員の残業時間の急増に危機感を抱いた坂田匠社長が、全社に「残業ゼロ」を宣言したのが発端だ。

■ノウハウ共有 ムダ排除

 まず取り組んだのが社員が抱える業務の詳細な棚卸しだ。15分おきにパソコン上に警告が出る自作アプリを社内全ての業務パソコンにインストール。約2週間にわたり毎日、警告が出るまでの15分間に手掛けていた業務を記録し続けた。

明らかになったのは、ムダな書類作りや部門間での重複業務だ。特に長時間労働が目立っていた設計部門では、社内SNS(交流サイト)を使って設計ノウハウの共有を進めた。「設計をこう工夫すると強度が向上した」などの情報をSNS上で公開し、蓄積して標準的な手順書を作成。業務を平準化していった。

14年に月23時間だった1人当たりの平均残業時間は17年に0.9時間まで減った。一方、1人当たりの年間売上高は2800万円近くに増え、生産性は向上している。

まずは残業時間の削減を切り口に、働き方改革で先行する中小企業の事例を取り上げた。だが、ビジネスの現場では「残業を減らせば収益も減るという板挟み」に苦しむ中小が大半だろう。

印刷業の文典堂(東京・品川)は4月から第3土曜日を半休にした。これまでは全日出勤だったが、働き方を見直した。

「中小がこれまで働き方改革をサボってきた訳ではない」と池田大社長は憤る。その上で「乾いたぞうきんを絞るように時間を詰めてきた中で、さらに労働時間を減らすとなれば収益減や賞与減にも直結しかねない」と将来への不安を隠さない。

■人手不足 重い現実

 多くの中小企業にとって働き方改革は喫緊の課題だ。2019年4月に施行された働き方改革関連法のなかで、中小への影響が大きい「時間外労働の上限規制」は適用が1年先延ばしにされた。年720時間を超える残業や、2カ月平均の残業と休日労働時間が月80時間を超えると罰則が科されるなどの内容だ。

そもそも勤怠管理が行き届かない中小が多いなか、残業ゼロを達成しつつ収益も上げる「スーパー中小」は限られる。多くの中小が理想と現実のはざまで苦しんでいる。

酒屋チェーン「コメこめマートササイ」を運営する笹井商店(埼玉県深谷市)の笹井史江常務は「社員を最低2人は採用しないと店を回せない」とこぼす。これまで週1日定休日を設け、職場環境の整備も進めてきたが、上限規制のハードルは高い。

同社では約10時間の開店時間を確保する都合上、社員1人当たりの1日の残業は平均2~3時間となる。だが現在の週休1日では単純計算で残業が月70時間を超える。

「何とか社員を増やして営業日数を維持したいが、採用できなければ週休2日もやむを得ない」(笹井氏)とやりきれない表情を浮かべる。

東京中小企業家同友会(東京・千代田)が今春実施した調査では、会員の45%が「従業員の不足」を訴えた。人手不足に悩む中小が新たに人を雇い、1人当たりの労働を軽減するのは難しい。

上部組織の中小企業家同友会全国協議会は3月から、会員企業向けに「働く環境づくりの手引き」「就業規則の作り方」などの冊子の配布を始めた。国も生産性を高める中小向けに補助金制度などを導入するが、企業側の対応は二極化しているのが現実だ。

(企業報道部 京塚環氏、桜井豪氏)

投稿者: 瑚心すくい

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